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里山讃歌

田舎暮らしを綴っています

堕落論

読書 わんこ

坂口安吾堕落論』読了。

 

恥の多い堕落した人生を送ってまいりました。自分には,人間の生活というものが見当つかないのです,,,ちょっと太宰の人間失格風な出だしになってしまいましたが,毎日堕落した生活を送っている自分にとって,さらに堕落感を助長できる本かと思って読んでみました。20頁にも満たない本で90分もあれば読めます。

 

大変な名著です。中身は暗くない。堕落感を助長されるどころか、坂口安吾の鋭い芸術的感性に大いに刺激を受けました。著者の超個性的な感覚や思いが前面に押し出された文章です。戦後という時代を冷静に見つめ,自分や文学を疑い続け,苦渋を伴いながら絞り出した文章のように感じます。それまでの道徳観をことごとく否定し,書きたいことを書く,反骨精神というか挑発的ですね。

 

敗戦直後の混迷する社会状況を鋭く見抜き,それに立ち向かうための方法を大胆に提示してみせた文章。戦後70年を経た今だからこそ,この「堕落論」を読む意義があるのだと感じました。

 

本文から引いてみます。

戦争に負けたから堕ちるのではない。人間だから堕ちるのであり,生きているから堕ちるだけだ。だが人間は永遠に落ち抜くことはできないだろう。なぜなら人間の心は苦難に対して鋼鉄の如くでは有り得ない。人間は可憐であり脆弱であり,それ故愚かなものであるが,落ち抜くためには弱すぎる。生きよ,堕ちよ!

 

学校や職場など世間一般に「やればできる」という言葉がよく使われています。まあ,それはそれで一定の効果はあると思います。しかし,冷静に考えてみると,人間,できないことの方が多い。100あることのうち90はできないことばかり。やってもできないことはできない。他者から「やればできるよ、がんばれ!」と言われ続けた子どもが成人したとき「あれ、なんか違うな。」と気付く。やればできると思ってて,いつまでたってもやらないで何もできないしやらない。結局やってもできない。「俺はやればできるんだ。やらないだけさ、、、」というような勘違い人間が増えてるように感じます。一度,とことん堕ちて,世の中の規範や常識といった前提条件を一度外して,「俺はできないんだ」という素っ裸な人間になって現実を直視してみることもいいかもしれません。安吾が言うように,,,。その素っ裸な自分から生まれてくるエネルギーこそ本物の生き抜く力なのかもしれません。

 

もっと早くこの本に出会いたかった。安吾の哲学にもっと触れてみたい。

 

昨夜,21:30頃,突然地鳴りと共に大きな揺れが襲ってきました。またまた震度5です。近隣の高萩市では震度6弱。オーストラリアンラブラドゥードルの小春さん,地震が大の苦手でキャリケースの中に入って2時間ぐらい出てきませんでした。恐怖で肉球に汗をかいていました。かわいそうに。

 

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最近大きな地震が多くてとても心配しています。

 

堕落論 (280円文庫)

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