里山讃歌

田舎暮らしを綴っています

昭和と日本人 失敗の本質

半藤一利『昭和と日本人 失敗の本質』読了。

 

10月になりました。9月は雨ばかりで日照時間が例年の半分にも満たなかったとのこと。10月は,湿気のない爽やかな空気と太陽の光が燦々と降り注ぐ,気持ちの良い秋晴れがたくさん訪れることを期待したいです。

 

約310万人が戦争で命を落としました。なぜ,そんな戦争に突き進んでいってしまったのか。そこには,軍部や愚かなマスコミに煽り立てられて暴走していった集団主義や群集心理がありました。山本五十六は,海軍大臣嶋田繁太郎宛の手紙で,その集団主義や群集心理を「衆愚」と書きました。

 

最後まで反対していた戦争の陣頭に立たなければならなかった時の連合艦隊司令長官山本五十六は,当時の群集を冷静に分析していたようです。文中にあるフランスの心理学者ル・ボンの言葉を引いてみます。

「群集の大きな特色は,それを構成する個々の人の種類を問わず,また,彼らの生活様式や職業や性格や知能の異同を問わず,その個人個人が集まって群集になったというだけで集団精神を持つようになり,そのおかげで,個人でいるのとは全く別の感じ方や考え方や行動をする。衝動的で,動揺しやすく,興奮しやすく,暗示を受けやすく,物事を軽々しく信じる。群集の感情は誇張的で,単純であり,偏狭さと保守的傾向を持っている。」

まさにぴったり。山本長官が抱いた日本人観が今となってはなんと悲劇的だったことか。

 

それに対し半藤さんが現代の日本人観を語っており,これまた文中から引いてみます。

「世界一金持ち,なべてコトもなき泰平爛熟期,ちょっと働けば食うこと欠かない。と同時に,個人は歯車の一つとしてしっかりと組み込まれて,身動きならぬほど完成した体制。シラケの時代。自分を守ることしか関心がなく,できるだけ少なく支払ってできるだけ多くを要求する。あるのはすこぶる個人的な,ちょっぴり不満で,ちょっぴり苦痛な状況。」

まさにぴったり。現代日本は甘えの構造ですね。

 

第3章の鈴木貫太郎と最後の聖断についての項が面白い。幕末に坂本龍馬土方歳三がいたように昭和には貫太郎がいた,と表現するほど,終戦という大仕事をやってのけた人物で,もし,鈴木貫太郎が首相でなければ,徹底抗戦派による暗殺に次ぐ暗殺で,責任ある内閣が成立せず,本土決戦まで行っていたかもしれません。そしたら日本は完全に終わっていましたね。

 

半藤さんの言葉の一つ一つが胸に深く入り込んできます。

 

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オーストラリアンラブラドゥードルの小春さん,悪天候による散歩時間短縮のため,お冠の毎日であります。